
決めたことはやり遂げる
"好き"に向き合った4年間
「どこにでもいる学生と変わらなかったです」。はにかみながらそう話す平岡さん。「都会を謳歌したい」という理由で、都心部へのアクセスが良好なOGUへ進学。大学へ通いながら、当時一日約1000人が訪れていた梅田の[一風堂]でアルバイトをし、休日にはスノーボードをするような日々を過ごしました。[一風堂]でのアルバイトがラーメン店主として独立する直前まで続いた理由は、「梅田時代の店長がいい人だったんですよ。情熱的でね。学生のときの一番の収穫は、こんな風に打ち込めるアルバイトや目標とする人たちに出会わせてくれたこと」。都会暮らしを満喫しながら、ラーメンとスノボ、二つの"好き"に出合った大学時代でした。
プロスノーボーダーから
有名ラーメン店オーナーへ
卒業後、冬は北海道でプロスノーボーダーをしながら、夏は[一風堂]各店の立ち上げに携わり、経営のノウハウを学びました。「27歳で大怪我をしてからラーメン一本に絞りました。それでも北海道を離れなかったのは、マーケティングを一番理解していたエリアだから。学生時代にその分野も学んでいたのは大きいですね」。『一杯一杯を真剣に作る』東京での修業を経て、自身の店をオープン。北海道ラーメンWalkerでの総合1位や食べログ百名店の殿堂入り、ドキュメンタリー番組「情熱大陸」への出演など、目が離せない存在に。「次のステップは、北海道から世界に北海道ラーメンを発信すること。ラーメンで、人やものがつながっていくって本気で思ってるんです」