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広報誌ロルロージュ 166号 研究者コラム
「どうなる?地球の未来」(全文)

大阪学院大学 国際学部
三輪 信哉 教授

はじめに

 環境問題は、時代とともに対象とする問題が変わってきました。1960年代から70年代の公害問題の時代、1970年代から80年代にかけての都市の人口集中による都市環境問題と廃棄物問題、80年代から以降の地球環境問題です。その間、市民の環境保護活動や、政府の環境基本法をはじめ廃棄物や生物多様性に関する法律の整備、行政の努力があって、問題の一つ一つを乗り越えてきました。では今の地球環境問題はと言えば、ご存知のとおり、地球温暖化問題、プラスチック問題、食品ロス問題、生物多様性の問題で、いずれもグローバルな問題であり、国の枠を越えて、国際的な話し合いが進められています。
 また、SDGsの潮流もあることから、環境問題だけでなく社会や経済とも関連づけられ、以前に増して企業活動の中でも課題解決に向けて大きく取り組まれるようになりつつあります。

地球環境問題について

 少し具体的に掘り下げてみましょう。
 まず地球温暖化問題ですが、今年の異常な自然災害について、国連のグテーレス事務総長は「地球沸騰化」という言葉を使いました。世界中の科学的知見をもとに各国政府代表が承認したIPCCの第6次報告書が2023年3月、9年ぶりに公表されました。その中で、人間活動による気候変動で世界の気温は産業革命前に比べ既に1.1℃上昇しており、気温上昇を1.5℃までに抑える努力をするとの国際合意に対して、現在の排出量が続くとあと10年で1.5℃に達し、今世紀末には3.2℃上昇するとされました。その1.5度が2.0度になるだけで、世界の洪水による損害は2倍に増えると見積もられ、今世紀末に海面上昇が2メートル近く、西暦2300年には15m以上の上昇も否定できないとされました。気温の上昇を食い止めるにはあと2年、2025年までに世界の温室効果ガス排出を減少に転ずる必要があり、2030年にはコロナ前の2019年に比べて43%削減、2035年には60%削減し、その後も実質ゼロに向けての継続的な削減が求められます。日本も、2021年10月に地球温暖化対策計画が閣議決定され、2030年度に温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指すとしています。
 次にプラスチック問題ですが、プラスチックの利用は20世紀後半から急増し、2019年には年間消費量が4億6千万トンにも達し、これは地球人の総体重に匹敵する量です。一方、廃棄量も3億5千万トンで大半はごみになっており、年間2千万トン以上が環境中に流出していると推計され、2050年には海洋生物の総体重より、海洋に流れ出たプラスチックの総重量が上回るとされています。それらのプラスチックは波などにより小さなマイクロプラスチックになって、すでに毎週5g(クレジットカード1枚分)のプラスチックを体内に取り入れているとの試算もあります。多くは体から排出されますが、マイクロプラスチックには有害な化学物質が吸着しやすいとの指摘もあり、長期的に私たちの健康や生態系への悪影響が懸念されています。2023年5月のG7サミット(広島)で、「2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする」との目標が加わりました。
 どの問題も、目標値が合意されていても、先進国、途上国、各国の産業や経済の状況から、どのように責任をとるのか調整は困難を極めています。また、日本国内でも様々な主体の意見があり、大きく前進しているとは言いがたいのが現状でしょう。私たちが生きる(経済活動をする)上でコスパやタイパと言った効率を追求する世の中ですが、あらゆる活動には環境負荷が伴います。そうしたことを見ずして、責任を取らずして効率追求に励むことのつけが大きく押し寄せているとも言えるのではないでしょうか。

世界の人々は豊かさを目指す

 ところで、興味深いサイトを見つけましたのでご紹介しましょう。
ドル・ストリート(Dollar Street)」です。
 2019年に日本でも出版されて大きな話題となった本「ファクトフルネス」にて紹介されたものです。サイトでは、上部に「通り(ストリート)」が描かれていて、その道路の左側には所得の低い人々が住み、右に行くに連れて所得の高い人々が住むという表示になっています。そしてその道路の下に、世界中で撮影された人々の暮らしが画像として載せられています。
 日常生活の住まいの様子、ベッドから歯ブラシ、靴や服、食器、炊事場、移動手段など、家庭で使う道具が載せられています。その写真を見比べながら所得の高い人、低い人、そして中くらいの人の生活を想像してみよう、というのがこのサイトの趣旨です。
 種明かしをしてしまい申し訳ありません。このサイトを見ると、低所得者、中低所得者、中高所得者、高所得者の日常生活は、国や宗教、文化、言語を越えて世界共通だということです。すなわち、低所得者の人々は、裸足で生活し、薪で炊事し、水を毎日家まで運び、家財道具はほとんどない、ということです。また高所得者層は世界中どこでも同じ生活をしており、何足も靴を持ち、何着も服を持ち、綺麗なベッドで休み、水光熱もスイッチ一つで使えます。交通手段で言えば、通りの左側に住む人は裸足が普通で、それが右に行くにつれ、自転車、バイク、自家用車となります。
 私たちの途上国のイメージ、それは大勢の人々が通りの左側に住んでおり、教育を受けることができず、裸足で過ごし、赤ちゃんは生まれても大多数命を落としていく、そう思いがちですが、まったく異なります。途上国の高所得の人々は先進国の人々とまったく変わらず、ものに囲まれた生活をしています。また近年、乳幼児死亡率は世界中で劇的に減少し、初等教育も男女の差なく、世界中のほとんどの子どもたちが教育を受けることができるようになりつつあります。だからと言って貧困が根絶したとは到底言えませんが、どの国の人々も通りの右側に移動しているのです。
 このことはSDGsが2030年を目標に「誰一人残さない」をスローガンに掲げたよう、世界は17の目標に向けて経済や社会が大きく改善していることを示しています。「貧困をなくそう」「 飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」「質の高い教育をみんなに」「ジェンダー平等を実現しよう」「安全な水とトイレを世界中に」「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」「働きがいも経済成長も」などです。
 今後の世界は、予測されている通り、後30年で2050年、人口が確実に100億に達します。そしてそれらの人々が「通り」の右側に達するのです。

世界の経済は今後も成長し続ける

 7月11日は「世界人口デー」です。1987年の同日に世界人口が50億を突破したと推計され、1990年に国連総会でこの日に決まりました。
 1900年におよそ16億人だった世界人口は20世紀半ばの1950年におよそ25億人となり、20世紀末の1998年にはおよそ60億人にまで急増、そして2022年11月15日に80億人に達しました。国連の推計では、2030年に約85億人、2050年に約97億人となり、2100年には約109億人でピークに達するとの予測がされています。経済的に成熟した国々では少子化とともに人口減少が進んでいるため、ピークが前倒しになることも考えられています。今の学生さんたちが定年するころには世界人口100億人時代を迎えます。国連は今後2050年までに人口が大幅に増加する国として、インド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、エチオピア、エジプト、フィリピン、タンザニアの8か国をあげています。
 「ドル・ストリート」で見ましたように、世界中の人々が「通り」の右側、すなわち高所得者階層の生活レベルを求め、移って行きます。
 だとすると、大量生産・大量消費のライフスタイルが世界中で日常化するということでしょう。車を例にとれば、現在先進国人口は世界の17%とされます。2019年の段階で世界の自動車の台数は15.1億台(77億人)で1台につき15.1人、日本は7800万台(1億2千5百万人)で車1台につき1.6人ですから、もし、100億人の人々が日本人と同じ割合で車を持つとすると、世界では62.5億台となります。これは現在の約4倍の車が存在することになる、すなわち「売れる」ということなので、車産業にとってはとてつもない好機がやってくることになります。

大切なもののみかた

 日頃、環境問題を考える上で、大切だと思うことについて説明させて頂きたいと思います。
 ①あらゆる私の活動から環境負荷が生じている、②私はモノやエネルギーを介して世界とつながっている、③私は未来につながっている、④ライフサイクルの見方が大切、⑤市民の意識の変容と、世界・国レベルの変容と、⑥正しいリスクへの向かい方 です。

(1)あらゆる私の活動から環境負荷が生じている。
 私たちが日ごろ行っているあらゆる活動には、環境負荷が伴っています。車を例にとると、私たちはガソリン代などの直接的な費用は負担していますが、二酸化炭素、騒音や振動、大気や水の汚染についての費用の負担は限られています。

(2)私はモノやエネルギーを介して世界とつながっている。
 私たちが気づかないうちに利用しているマーガリンなどに入っているパーム油は、熱帯雨林を切り開いたプランテーションで栽培されるパームヤシから採取されます。それが現地の生物多様性を失わせることにつながっています。

(3)私は未来とつながっている。
 環境には蓄積的な現象が多々あります。かつてはPCBやDDTなどの化学物質、またフロンガスなどもそうした物質の一つでした。今一番大きな問題となっているのが、冒頭に取り上げた温暖化につながる二酸化炭素であり、海洋プラスチックでしょう。年々排出されるものが蓄積し、累積的に未来に取り返しのつかない影響を与えていきます。

(4)ライフサイクルの見方が大切
 現在、世界では電気で走るEV車の普及が進められていますが、そのEV車が使う電気は今のところ発電所で発電した電気に依存せざるを得ません。蓄電池を生産する過程での環境汚染なども指摘されていて、資源採取から加工、製造、そして私たちの利用、その後の廃棄と、車のライフサイクル(生涯)で考えると、今のところ、EVがガソリン車に比べてトータルな環境影響が勝るのは、10万キロ以上走ったとき、との見解もあります。

(5)市民の意識の変容と、世界・国レベルの変容と
 冒頭に見たように、国際レベル、国レベルでも様々な話し合いがなされ、法律や計画が作られています。では、国レベル、あるいは産業レベルに任せておくとすべて解決する、ということになりません。国策として産業界を後押しして、自然エネルギーや水素ガスエネルギーの普及が可能になれば、温室効果ガスの排出量が減少してすべて解決、とみられていますが、企業が提供してくれるサービスも、そのサービスを欲する消費者が存在するから成り立つことから見ても、市民の環境意識が重要になります。

最後は「正しいリスクへの向かい方」ですが、これについては次に述べたいと思います。

リスクを知り、リスクを我が事とし、備える

 リスクを考えるとは、「未だ生じていない自分に及ぶ負の事象、影響を事前に予想し、影響を知る」、そして「正しく準備する」ということでしょう。
 温暖化を考える時、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑える、という国際的な合意に対して、世界の二酸化炭素排出量が減少するどころか増加を続けている現在、1.5度は10年を待たずして越えるとの意見も聞かれます。あるいはこのままいけば世界の平均気温が4度上昇するとの意見も見られます。
 この4度上昇とはどのようなものでしょうか。単純には言えませんが、大阪の年平均気温が17.5度(2021年)で月平均気温では1月が5.5度から8月が28.2度(8月)となります。これに対してフィリピンのマニラは年平均気温が26.6 度で、1月が26度、5月が30度です。平均温度が上がるということは、次第に日本の気温も1年の寒暖の差が縮小していくということでしょうか。沖縄でも23.6度です。もちろん台風も激しさが違います。
 温暖化現象を「緩和」するべく努力するだけでなく、備えていくこと、「適応」していくこともこれからの道でしょう。国も自治体も適応策を検討していますが、個人もまた適応策を考えて今から用意していくときが来ているといえるでしょう。またそうした適応策に応じての様々なサービスも新たに提供されていくでしょう。
 地震国日本の地震の頻度は相当のものです。地震そのものは予知できませんが、それでも建築物の耐震・耐火の取り組みを長年日本は重ねて今に至ります。
 私たちの行動で地震が発生しないようにすることはできませんが、生じたときの被害を軽減することはできます。温暖化問題やプラスチック問題は人間が生み出したものであるゆえ、人間がもたらす自然環境への負荷を減らす責務、緩和の行動の責務は当然あります。
 ようは国や技術、経済の世界に任せて、何とかしてもらえるだろう、という意識ではなく、我々の日常生活が大きく影響していて、そうしたことを意識しながら環境にやさしい生活に積極的に変えていく、ということが求められているのではないでしょうか。
 今一度、個人、企業、行政がそれぞれの立場でできる緩和策に我が事として真剣に考え取り組むと同時に、適応策も今から準備していくことが必要不可欠となっています。

『Factfulness : 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』
ハンス・ロスリング/オーラ・ロスリング/アンナ・ロスリング・ロンランド著・上杉周作/関美和訳
(日経BP社)2019.1
(図書館請求記号:002.7/RO)

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