研究者コラム

朝食はホテルを救うか!?

大阪学院大学 経営学部
ホスピタリティ経営学科
教授 川越 一

 久しぶりに海外旅行に行きたいと思い、旅のアドバイザーサイトである「トリップアドバイザー」を見ようとしたところ、「朝食のおいしいホテル 2014」が目に入った。この種のランキングはどちらかと言うと地方色の強い規模のあまり大きくないホテルが上位を占めているのが一般的である・・と勝手に思い込んでいた。確かに1位は神戸市三宮にある「ホテル・ピエナ神戸」と言う客室数90室の宿泊特化型ホテルである。ビジネス客も対象ではあるが、むしろカップルやファミリーの獲得に力を入れている。このタイプのホテルとしては珍しく、フレンチレストランと自家製ペストリーが人気のカフエやテイクアウトショップを備えている。2位以降の上位ランキングホテルはと言うと、北海道函館の「朝から海鮮丼」と言った地元の食材を最大限生かした朝食で人気の観光地のホテルが上位を占めている。しかも思った通りその各ホテルとも大規模ホテルチェーンのラグジュアリーホテルではない。そしてランキング上位は全てブッフェ・スタイルの朝食である。
 ところが8位にランクアップされているホテルは、客室数973室、24の大小宴会場、レストラン・バー・ラウンジ合計21店舗の関西最大規模にして内外のVIPの宿泊を担う関西を代表するホテルであった。ましてや私とは縁の深いホテルでもあり、これは一度話を聴いておかねば・・と伺うことにした。
 面会したのは、グループホテル本社企画部門に永く席を置き、その後、連携ホテルの総支配人を務め本社へ戻ってからはマーケテイング部長を経て現在グループ内フラグシップ・ホテルの商品管理部長としてソフト、ハード両面の商品価値向上を担う責任者である。見学およびインタビュを通じて私なりに得た結論を紹介したい。

ホテルにおける朝食の位置付け
「朝食の人気はホテルのCS度を左右する」

まず宿泊者が自分の宿泊部屋以外にお金を払って使用するホテルサービスの中で、最も機 会が多いのが朝食であろう。当該ホテルの様な顧客への訴求ポイントの多様な大規模 都市型ホテルに於いても個人利用客の朝食喫食率は55%に達しており、これが観光地のホテルや更には顧客への訴求ポイントの少ないビジネスホテルに至っては朝食喫食率ほぼ100%となっており、それらのホテル全体のCS向上の決め手となっている。

取り組むべきポイント

  1. 料理
  2. サービス
  3. 顧客への告知
  4. プラス・ワン
以上、極めて当たり前の項目である。しかし、問題は其々の内容にある。

1. 料理
①品数同様に質も重視

朝食のみならずブッフェ・スタイルの食事のメリットは好きな料理を好きなだけ食べられ る事にある。一方、ブッフェ・スタイルの食事を好まない人も少なからずいる事も事実である。その理由の一つが、往々にして品数に重点を置くあまり、質の良くない料理や特色のない料理を並べるだけと言った評価である。

朝食に必要とされるポイント

A:
一日のスタートに相応しい活力源となるような栄養価の高いバランスのとれた食事。
B:
地方色や季節感溢れる食材。
C:
多様な好みに対応できる料理
D:
こだわりや話題性のある料理
見学したホテルに於いても、契約農家の新鮮野菜を使ったサラダや、ブランド米を毎日自家精米したご飯を出している。その他、味噌、醤油、オリーブオイル等のこだわり食材の使用が好評である。また、女性に人気の卵料理「エッグベネデイクト」等の話題性のある料理のタイムリーな導入にも工夫が見られる。一方、ランキング1位のホテルでは、一般的な朝食のイメージとは異なるが、自家製のスイーツを数多く出しており、これが女性や家族客に大好評とのことである。

②料理の供出方法の工夫

美しく食べていただく・・個々盛りの導入

ブッフェ朝食は、好きな料理を好きなだけ・・・が売り物ではあるが、大きな器の中で見るも無残な形になった料理に不快な思いをされた方は多いのではないだろうか。見学に伺ったホテルでは、その対策としては、出来るだけ小型の容器で頻繁に料理を取り換える、あるいは個々盛りの料理を増やす対策が取られており、中高年客層やブッフェ・スタイルにネガテイブな客層の取り込みにも成功している。(写真参照)
これには、サービス側と調理担当者の緊密な協力体制が必要となる。

2. サービス

美味しい料理とよいサービスは車の両輪と言われている。
朝食時に欠かせないサービスとはどのようなものか?

気持ちの良い元気な朝の挨拶。

責任者の率先垂範と指導が不可欠

そこで働く者誰もが理解していることであるが、行うに易きことではない。これこそ責任者の率先垂範、タイムリーな指導が是非とも必要である。

急いでいる人々や反対にゆっくりと朝のひと時を楽しみたいお客様の的確な対応。

入口にはベテラン係員を配置

基本的に席の予約が出来ない朝食時には、レストラン入口での対応が大きく評価に影響する。其々の事情を持ったお客様の状況把握をし、適切な言葉がけや対応を行うには、経験と日頃からの工夫の蓄積が求められる。

集中する時間帯の対応。

ホテル館内情報の共有化...CSの向上

1日500人程度の朝食利用が見込まれるとしても、どの時間帯に何人規模の利用があるのか、どの様な目的で宿泊されたお客様が中心なのかによって、その対応は大きく異なる。
見学をしたホテルでは、料飲部HQから朝食レストランに対し、翌日のBLDに係るホテル館内情報を分析し、来店状況の見込みや関連情報を毎日メールにて配信している。それによって、朝食の現場では調理やサービス担当は勿論、食器の準備、洗浄の各担当のシフトを調整し効率の良い人員配置や食材、食器の準備を行っており成果を上げている。そのこと自体がCS向上に寄与しているが、館内の大型催事や重要顧客の利用状況等のホテル全館情報共有化による的確な館内インフォメーション等、全館的CS向上にも大きく貢献できているようである。

3. 顧客への告知

知って頂くことが、利用促進の第一歩

何事も情報が無ければ興味もわかないし、近くに有るものさえ見えないことがある。 つまり無いのと同じ状態である。「AIDMAの法則」を持ち出すまでもなく顧客の利用を促す活動は欠かせない。見学したホテルでもその努力がなされていた。ホテルのホームページはじめ、館内のインフォメーションカウンター、客室内部、レストラン入口などあらゆる機会を想定し、顧客の目につきやすい個所に「こだわりの朝食ブッフェ」のチラシが置かれており、使用食材のこだわり加減が効果的に表現してあった。また、人気ランキングの上位獲得自体が広報活動を強力に後押しすることとなり、ホテルを選ぶ際の決め手の一つになっていることは、宿泊客のアンケートを見ても明らかである。

4. プラス・ワン

顧客の意見は宝石の原石

「あ!これいいね!!」の効果はバカにできないものがある。見学したホテルでは常に現場レストランと料飲部それに品質管理部とが連携し、お客様の声の分析を行っており、その中で今回取り入れたのがコーヒーの宿泊部屋への持ち帰りだ。レストランで美味しい朝食を満喫しても、コーヒーは自分の部屋でゆっくりと飲みたいとの希望が案外に多いことに気付き実施された。確かにコーヒーの原価はそんなに高くはなくコストに影響を及ぼすことはない。それよりも「あ!これいいね!!」の効果、つまり好感度アップに大いに貢献したとの説明であった。

まとめ

この度、見学およびインタビユさせて頂いたホテルは前項で述べたとおり、大阪の老舗大型都市ホテルであり、顧客への訴求ポイントは宿泊、宴会、ブライダル、料飲、外販等 広範囲に及び、反面レストランの朝食売上は、金額的にも決して大きい訳ではない。しかし、当該レストランの開業に際して、具体的な目標を設定し実際に効果を上げるためには何をすべきか?を突き詰めた結果、「朝食のおいしいホテルランキング」で大阪一番になる事を目標とし取り組みを始めた。そして開業から3年後の2013年2014年と大阪地区1位を獲得している。
一般的に日本の老舗ホテルはこの種のホテルランキングにはあまり興味を示さず、むしろ覚めた目で見ていたのが実情であった。今回の当該ホテルの取り組みは、この様に努力目標と言った曖昧な目標ではなく、利用者の評価によるランキングと言う明確な結果を伴う目標を設定し、それに向かって関連セクションとの協力体制を構築しながら取り組んだ事実は称賛に値する。そしてその効果は、朝食レストランのCS向上に貢献したことに留まらず、その過程において関連セクションとの連携、情報の一元化等の改善が図られ、ホテル全体のCS向上に貢献している事に着目すべきである。 この様な老舗大型都市ホテルに於いてもホテル全体のCS向上に貢献できている現実を見ると、大型ホテルに比べ、訴求ポイントが少ない小規模ホテルや観光地のホテルおよびビジネスホテルにおける「朝食のおいしいホテル」への取り組みは不可欠であり、実際に最近のビジネスホテルに於いては、朝食の評判が即集客に大きな影響を与えているのが現状である。結論としては、「美味しい朝食はホテルを救う」である。

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