研究者コラム

"想定外"という言葉から「歴史に学ぶ」~リスクマネジメントの大切さ

大阪学院大学ホスピタリティインダストリー研究所 客員研究員
株式会社 JAPAN・SIQ協会 代表取締役社長
金 子 順 一

 2013年9月5日、IOCの総会で、2020年のオリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが正式に決定し、日本中、とくに東京ではお祭り騒ぎとなりました。もちろん私にとっても嬉しいニュースです。
 しかし、一方では、3年前の2011年3月11日に発生した東日本大震災の大津波によって、東京電力福島原子力発電所が壊滅的な損傷を受け、今なお汚染水問題解決の目途がまったく立っていない状況です。IOCの総会でも、この問題に対し懸念の質問が出たことはご存知のことと思います。安倍首相の演説のように、本当に「Under Control」されているのか疑問に思うのは私だけではないと思います。

 2011年の東日本大震災の際の大津波に対し地震学者たちは自分たちの弁護のためか、口をそろえて「想定外」と言っていますが、歴史を遡れば、869年(貞観11年)7月、貞観地震と呼ばれる巨大地震(今回と同じくらいの規模で、震源は宮城県沖と推定されています)が陸奥の国で起こり、当時の仙台平野に置かれていた国府の多賀城(現在の東北本線国府多賀城駅付近)が大津波で壊滅的な被害を受けたと国史「日本三代實録」巻十六に載っているのです。今回の東日本大震災と同じような状況が記述されているのです。
 しかも、堆積物の年代測定を研究している地質学者、東北大学大学院研究科の箕浦幸治教授は、東北大学の広報誌「まなびの杜」 2001年の夏号で 「津波災害は繰り返す」というテーマで貞観地震の巨大津波の再来を警告しているのです。
 箕浦教授の論文の結びの部分を紹介しますと

 『津波堆積物の周期性と堆積物年代測定結果から、津波による海水の遡上が800年から1100年に一度発生していると推定されました。貞観津波の襲来から既に1100年余の時が経ており、津波による堆積作用の周期性を考慮するならば、仙台沖で巨大な津波が発生する可能性が懸念されます。
 伝承や文献記録の内容が全て真実であるとは限りません。しかしながら、1100年余の時を経て語り継がれた仙台平野での災害の発生は、幸運にも、津波の科学的研究を通してその正当性が実証されました。
 こうした破壊的な災害には、数世代を経ても、あるいは遭遇しないかもしれません。しかし、海岸域の開発が急速に進みつつある現在、津波災害への憂いを常に自覚しなくてはなりません。
 歴史上の事件と同様、津波の災害も繰り返すのです』

 決して「想定外」ではなかったのです。地震学者やその関係者が歴史を無視していただけなのです。歴史家や地質学者の警鐘に耳を傾けなかっただけなのです。
 さらに、貞観地震が起きた9世紀は、日本では地震や噴火の活動期にあたっていました。
 主なものを列挙しますと次の通りです。

850年 11月 出羽地震(推定M7.0)
863年 7月 越中越後地震
864年 7月 富士山の貞観大噴火(2年間続く)
864年 11月 阿蘇山噴火
867年 3月 大分県鶴見岳噴火
867年 6月 阿蘇山噴火
868年 7月 播磨・山城地震(推定M7.0) 兵庫県山崎断層と推定されている
869年 1月 摂津地震(播磨・山城地震の余震が続いていた最中に発生)
869年 7月 貞観地震
871年 5月 山形県と秋田県にまたがる鳥海山噴火
874年 3月 鹿児島県開聞岳噴火
878年 10月 相模・武蔵地震(推定M7.4)
880年 11月 出雲地震(推定M7.0)
885年 7月 874年に続き、鹿児島県開聞岳大噴火(7~8月の2か月にわたり噴火)
887年 8月 仁和地震(南海トラフを震源とするM8.0~8.5の巨大地震)

 私の懸念することは、1995年の阪神淡路大震災を契機に日本は9世紀と同じように地震や噴火の活動期に入ったということです。ですから、2020年の東京オリンピック開催の時期に大地震や噴火が起こったとしても何も「想定外」ではないということです。

 活動期の9世紀の発生ではありませんが、運が悪く大きなイベントの開催中に大地震が起き、多数の死者を出した例として、江戸時代の1847年5月8日に発生した善光寺大地震(推定M7.4)を挙げることができます。
 「牛にひかれて善光寺参り」と言われるくらい当時の長野の善光寺は「お伊勢参り」と並んで 全国から参詣者が集まる一大観光地でした。ちょうど7年に一度のご本尊の御開帳の最中で、8,000人~9,000人ともいわれる参詣人が集まっていました。
 現在の千曲市に住んでいた百姓の中条唯七郎の日記によれば、地震が発生したのは夜の10時ころ、庭に飛び出したが、大きな余震は昼夜間断なく翌日まで続き、地震の揺れで家が潰れ、炉の火から火事となり、また、あちこちで大火事になったと記されています。
 参詣人たちは本堂や参道で参拝していた人々、宿泊施設に泊まっていた人々など様々でしたが、真っ暗闇の中で旅人のため土地勘がなく、火災が発生した際の避難経路が分からず被害が拡大したといわれています。地震が収まったのちに判明した話ですが、地震によって合計2万戸の家が倒壊または火災によって消失。善光寺の観光客8,000~9,000人の約9割が死亡したと推定されており、寺の境内は死体で溢れかえっていたと伝えられています。
 また、この地震の後の二次災害は棲さまじいものでした。虚空蔵山(岩倉山)が崩壊し、大量の土砂や岩石が犀川を堰き止め、40キロ上流の安曇野まで堰止め湖になり、川沿いの30か村が湖底に沈みました。そして、20日後その堰が決壊。ちょうど北アルプスの雪解けの季節にあたり、膨大な量の泥水が一気に犀川をくだり、津波のような大洪水となり、善光寺平の大半の家屋や田畑を一気に押し流したといわれています。

 首都圏に直接大きな被害を及ぼす地震については、東京西部の立川断層帯の活断層はいつ動いてもおかしくないと地震学者の間ではいわれていますし、また房総沖のプレート境界にはM8級の地震を起こす可能性が高い歪みが蓄積されている状態も最新の研究で明らかにされています。
 また、最近は南海トラフを震源とする巨大地震の発生やその甚大な被害が広範囲に及ぶこと、そして、富士山の噴火の可能性についても、マスコミでいろいろと報道されていますが、東京にも少なからぬ被害が及ぶと推定されています。9世紀の活動期の歴史から推定すれば、南海トラフを震源とする巨大地震の発生は今から15年前後ということになりますが、7年後に開催される東京オリンピックの2020年に起きても決して「想定外」ではないのです。

 2013年5月に中央防災会議が発表した南海トラフを震源とする巨大地震が発生する確率は30年以内で60~70%、20年以内で40~50%、10年以内でも20%に達しています。阪神淡路大震災が起きた時点の発生確率は30年以内で0.02~8.0%でしたから、南海トラフを震源とする東海、東南海、南海地震の発生確率がいかに高いかをご理解していただけると思います。

 私が、なぜ地震災害の話題に触れたかと言いますと、東京オリンピックが決まったといって浮かれていると、その裏には自然災害という落とし穴がある可能性が高いと考えているからです。

 東京オリンピックが決定した際、「おもてなし」という言葉が流行語となり、日本の「ホスピタリティ」精神が再評価されました。あくまで、私の個人的な解釈ですが、「ホスピタリティ」とは「他者を思いやる心または精神」すなわち利他の精神ではないかと考えています。
 ホテル業界の現状を見ると猫も杓子も「ホスピタリティ」とか「おもてなし」が優先されている感があります。もちろん、お客様に快適なひと時を過ごしていただくためにホテルが最高の「おもてなし」を提供することはとても大切なことです。しかし、あまりにも表面的な言葉だけの「ホスピタリティ」や「おもてなし」が強調されているのではないでしょうか?
 ホテルの存在意義の一つとして「安全」の提供があります。安全の提供はホテルにおける存在意義の根幹部分なのではないのでしょうか。いくら素晴らしいサービスをや美味しい料理、そして非日常的な空間を提供しても、それを裏で支えている安全を疎かにしたら、何の意味もなくなることを分かっている経営者は少ないではのでないでしょうか?

 安全を確保するにはリスクマネジメントを導入し、実施しなければなりません。私は基本の基である「安全」を確保するためのリスクマネジメントの重要性がもっと強調されてしかるべきだと思います。
 いま、政府が各企業に要請している地震やパンデミックを主体としたBCP(Business Continuity Plan、事業継続計画)の策定もあくまでもリスクマネジメントの一環です。
 BCPは緊急時にどのようにしてお客様の安全を確保するのか、また、休業せずにいかにして営業を継続し、もし迷惑をかけるにしてもいかにして最小限に留めるのか、また万一、休業せざるを得ない状況の場合は、いかにして早く再開し、利用者や取引企業に対する迷惑を少なくするか、そして地域の人々にどんな支援ができるかなど、前もって準備し素早く行動できる体制を整えておくことです。
 ですから、私の個人的な見解ですが、リスクマネジメントこそ「他者を思いやる精神」を根幹としたマネジメントであり、『リスクマネジメント=ホスピタリティマネジメント』 と言っても過言ではないと考えています。

 東日本大震災の経験から、最近は政府も自治体も地震災害対策に力を入れ始めていますが、政府が各企業に策定を要請しているBCPに対する各企業の反応はどうなのでしょうか。
 昨年(2013年)7月に関西経済団体連合会が西日本の企業2,166社を対象に調査したところ、BCPを策定済みの企業は、大企業(従業員5,000人以上)で64%、中小企業(従業員1,000人未満)での策定率はわずか18%にとどまっており、2割にも達していない状態です。
 残念ながら、中小企業はBCPなどに関心が薄いのが現実です。

 また、政府は2013年11月に耐震改修促進法の一部を改正し、ホテル・旅館、百貨店、病院など不特定多数が利用する建物の耐震診断の義務化およびその結果を公表するという規制の強化を発表し、平成27年末までに終了するよう要請しています。
 1981年の新耐震基準適用以前の建物について、診断の結果、基準を満たしていないと公表されれば、実際問題として営業の継続が困難となります。とくに老舗の旅館などは建替え、又は耐震構造の工事をしなければならず、金銭的な負担も大きく、また自治体により補助金の額もバラバラで、廃業も視野に入れている旅館やホテルもあります。
 いままで、目先の利益の追求を優先し、経営の基本である安全への投資を怠ってきた経営者には厳しい法改正です。
 消防当局からの再三の注意を無視し、安全への設備投資をしなかったために、火災が発生し大惨事を引き起こした例は多々あり、これらの事件をキチンと勉強していれば、地震と火災との違いはありますが、安全への投資がいかに重要か理解できるはずです。過去に学ばず放置しておいたツケが回ってきたと言ってもよいのではないでしょうか。

 リスクの要因として地震災害を中心にして述べてきましたが、もちろん宿泊産業を取り巻くリスクは、このほか先ほども述べた火災、そして食中毒、伝染病、台風や水害、停電、施設・設備の運転不能など安全性を脅かすリスクは多々あります。
 まずは、ホテルにとってのリスクの要因にはどんなものがあるのか、そして現在のリスク要因を検証するだけではなく、過去に遡りリスクの要因を掘り起こすことも肝要です。

 物理学者であり随筆家でもあった寺田寅彦は 「歴史は繰り返す。それゆえに過去の記録はまた将来の予言となる」という名言を残しています。また、旭化成の元社長、蛭田氏は「歴史を学び、その英知を活かすことができるのは人間だけなのです。そして、歴史を学ぶことで、物事を多面的、根本的、長期的に見る視点や考え方が身につきます」と述べています。

 いままで、われわれは余りにも「歴史」というものに対して無関心でなかったのではないでしょうか。嬉しいことに、1月7日、文部科学省が高校で選択科目になっている日本史を必修とする検討を始めました。早ければ2019年度から必修科目となる予定です。

 この拙稿から「歴史に学ぶ」大切さと「安全」がホテルマネジメントの基本であることを認識していただければ幸いです。

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